
江戸時代の闇!江戸の大盗賊たちの栄枯盛衰と殺人ライセンスを持つ「火付盗賊改方」との闘い:2ページ目
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殺人ライセンス
火付盗賊改方は放火犯や盗賊を取り締まる機関で、当時の警察組織の精鋭でした。
こうして取り締まりが厳しくなり包囲網が狭まっていくなか、1747年、ついに日本左衛門は逃走の末に自首し江戸へ護送されました。
彼は29歳で処刑され、その後、この規模を超える大盗賊団は出現しませんでした。
江戸の治安を守るためには、町奉行所や火付盗賊改方のような組織が絶対に必要だったと言えるでしょう。
火付盗賊改方は江戸市内だけでなく関東一円を活動の場所とし、賊の殲滅を任務としていました。
時代が下ると、彼らも捕物を中心とするようになりましたが、特徴的だったのは、犯人を現場で斬殺する権利を持ち続けていたことです。
江戸時代の古いイメージで、横暴な武士が簡単に庶民を惨殺していたようないわゆる「斬り捨て御免」がありますが、あれは実際にはそうそうあることではありませんでした。
しかし火付盗賊改方は違っており、彼ら明確に、いわば殺人ライセンスを持っていたのです。
凶悪犯に対して一発威嚇射撃をするだけでも大きく騒がれる今の時代からは、ちょっと想像がつかないですね。しかしとにかく、彼らの存在こそが江戸の治安を維持したのです。
参考資料:歴史の謎研究会『舞台裏から歴史を読む 雑学で日本全史』2022年、株式会社青春出版社
画像:photoAC,Wikipedia
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