
【万博の豆知識】日本美術が西洋を魅了!日本の万博 初参加は江戸時代、“あの国”で開催された150年以上前
さまざまな問題や課題がありながらも、何とか開幕を迎え、にぎわいを見せている2025年の「大阪・関西万博」。お近くの方や、旅行も兼ねて遠方から訪れている方も多いのではないでしょうか。海外からも多くの方が来場していますよね。
そんな万博ですが、日本がはじめて参加した万博はいつか知っていますか?今回は、日本と万博の歴史について迫ってみたいと思います。
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日本が初めて参加した万博は「パリ万博」
そもそも「万博(ばんぱく)」とは、「万国博覧会(ばんこくはくらんかい)」を略した言葉です。「人間の活動に必要なものの実現に向け、進歩してきたことや、将来の見通しを示すためのイベント」と定義されています。
そんな万博ですが、いつから始まったのかご存じですか?第1回の万博は、1851年にイギリス・ロンドンで開かれました。しかし、このとき日本はまだ不参加でした。
日本が初めて参加した万博は1867年(慶応3年)に開催された「パリ万博」です。
今では、いろいろな「国」がそれぞれ出展するイメージですが、このパリ万博では、幕府、薩摩藩、佐賀藩がそれぞれ独自に出展を行っただけでした。そのため、まだ「日本」を紹介するとはいえない形でした。
パリ万博で出展されたものとは?
先ほどご紹介したとおり、パリ万博では「日本」という国としてではなく、幕府と2つの藩がそれぞれ出展するスタイルとなりました。
そこで気になるのが、それぞれが何を出展したのか、ですよね。江戸幕府は、狩野派の掛け物や画帳、浮世絵などを出展しました。薩摩藩は琉球や薩摩の特産物、佐賀藩は磁器などをそれぞれ出展しています。
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